「でも、実際になってみると、青春も恋もないよねぇ……」
どたばたの16歳を終えてみてのむぎの感想はこれである。高校生活の一年目はまぁ、ほとんど高校生らしくはなかった。2年生になった今はそこそこに楽しめてはいるけれど。
「あんたの場合は仕方ないでしょ?」
「なんでよ?」
「……なんでって」
むぎの様子に夏実はため息をつく。ちなみにここは御堂グループ系列のホテルのレストラン。もちろんか仕切り状態で。むぎが着ているドレスやみにつけているアクセサリーはラ・プリンスからの贈り物である。
「ほぉ。馬子にも衣装とはよく言ったものだ」
「可愛いよ、むぎちゃん」
「……まぁ、いいんじゃないの?」
「ふふ、食べちゃいたいくらい」
と、極上の笑みで言われても、『ありがとう』と、交わしてしまうのだ。彼らをある意味、かわいそうだと思う。今日もこうしてむぎの誕生日を祝うためにスケジュールを調整していたことは容易に想像できる。そして、そんな彼らがむぎを大切にしてやまないことも。そのために邪魔になるライバルを影で排除してることも。
「とりあえず、恋は身近にあるかも、よ」
「何、それ。青い鳥?」
「まぁ、青春も青いはるって書くから、似たようなものじゃない?」
…自分にはこの鈍い親友はどうしてやることも出来ないから。彼らの努力が責めて報われればいい、そう思うしかなかった。
蒸し暑い梅雨の午後の機構には関係なく、空調が完備された御堂家は快適な空間である。
「いつになったら、あめはやむの?」
外を見て、幼子はつまらなさそうな顔。天気がよくなったら、遊園地に行こうという話しを楽しみにしているから、早く天気になってほしいと願ってやまない。
「つまんない……」
コロンと横になってしまうと、リビングのじゅうたんはふわふわで気持ちよくて。幼子はすぐにすやすやと寝息を立ててしまった。
「……何をしてるんだ、こいつは」
幼子の姿が見つからず、探していたらリビングで寝ているのを見つけ、一哉は呆れた顔になる。
「ほら、むぎ、起きろ」
声をかけてみても、いやいやとむずがって、おきてはくれない。しかたなく、一哉は幼子を抱き上げる。
「おそと、いきたいの……」
寝言であろう幼子の言葉に一哉は足を止めて、軽くため息をつく。
「悪いが、天気ばかりは俺にもどうもできないんだ……」
届かないであろうけれど、そういうしかできなくて。一哉は幼子をベッドまで運んでいった。
何気ない会話をしていたはずだった。それが途切れて、彼が不思議に思って、会話の相手、むぎを覗き込むと、すやすやと眠っている。秘書と家政婦と探偵まがいのまねをずっと続けていて。疲れがたまらないはずがない。
風邪をひいてはいけない、と着ていたジャケットを掛けようとして、不意に手が止まる。ばら色の唇から零れ落ちる吐息に魅入られて。いつもは自分ではない誰かを移しているその瞳は閉じられ、年寄り幼く見える寝顔。一つ息を呑んで、そっと、その柔らかな頬に唇を落とした。それは、衝動に近かった。
むぎは自分を近しい友人としてみていることを知ってる。まだ幼い恋心は育ちきってはいない。揺らがせるなら、今だとは思うけれども、関係を壊すのも怖い。
この先、どう自分たちが進むのかがわからない。けれど、それでも、むぎの幸せを願っていたいと思う。きっと、むぎがこの先に手に取るであろう誰かよりも、自分の方がずっと……。