むぎにプロポーズし、OKの返事をもらった麻生は姉である小百合にそう報告した。
「結婚って、むぎさんと?」
「他にいねーよ。反対されても、決めたから」
むぎと付き合っているのは小百合も承知のことだが、結婚は別だと言われても、麻生はむぎを取るつもりだったが、小百合の反応は麻生が予想していたものと違った。
「良かった……。むぎさん、麻生を捨てないでいてくれて……。羽倉銀行もとりあえず安心だわ」
安堵の声をあげる姉に麻生は怪訝そうな顔をする。
「何だよ、それ……」
麻生の疑問に小百合はこう答えた。
「御堂さんとお会いすると、あなたのことを聞かれるのよ。暗にあなたとむぎさんがうまくいっているのか知りたいみたいね」
「御堂が?」
「むぎさんのことがいまだに気になるんでしょうね。あなたがむぎさんと何かあったら、むぎさんは御堂さんにとられちゃうわ。そうなったら、あなたは黙ってないでしょうし。そのせいで御堂グループとの業務提携にひびが入るとは思わないけど、向こうに借りが出来てしまうでしょう?」
「……」
確かに一哉はむぎに想いを寄せてはいたけれど、それを小百合が知っていたのはともかく、何故このような心配をされなければならないという気にもなる。
「それでなくてもむぎさんはしっかりしたいいお嬢さんだし、あなたが捨てられる可能性の方が高いじゃない」
「……」
あまりの小百合の言い様に麻生は何も言えなくなる。反対されるよりもずっと良いけれど、かなりな言われようだ。
「麻生、結婚するからって、油断して、むぎさんを逃がさないようにね」
「あ、あぁ……」
小百合の言葉に麻生は複雑そうに頷くしかなかった。
誕生日は二人きりで過ごそう…それが彼氏の願いなら、叶えなければ、オンナが廃るとばかりにむぎは承諾した。そうして、二人きりのバースデーパーティーになった。依織の好きな和食を作り、手作りのケーキで準備万端。お祝用に用意したシャンパンも十分に冷やして。
「お誕生日おめでとう、依織くん」
「ありがとう、お姫さま」
こうして、二人きりでのパーティーが始まったわけではあるが、普通に行かないのは、特別な日ゆえか。
「君の手で食べさせて?」
と、にこやかな笑顔で依織は言い出した。
「……はい?」
いきなり何を言い出すのかと、むぎは固まるが、依織は笑顔のまま。
「君が僕のためだけに作ってくれた御馳走を十分に味わいたいからね」
「い、いや。そんな風に味あわなくても、十分に美味しいと思えるんだけど……」
けっして、自画自賛ではない。依織が美味しいと褒めてくれた味をいつも以上に丁寧に作っている。そのことは依織もわかってくれているはずだ。
「今日は僕の誕生日だよね?」
「あ…うん……」
「子供みたいと君は思うかもしれないけど、誕生日くらいはこうして君にあまえてみたいのだけれども……」
「……っ」
ずるい…と思いはするが、恋人の誕生日という特別な日。願いはできるだけ叶えたい。
「わかった……」
「ありがとう、お姫さま」
それはそれは鮮やかな笑顔にずるいと重いながらも、その願いを叶えるべく、依織の横に座った。
「はい、あーんして」
「ん……」
散らし寿司をお箸で取り分けて、依織の口に運ぶとそれを食べる仕草もどこか艶めかしくて、何故かむぎはドキドキしてしまう。
「君も食べないと、冷めてしまうね」
「え、あ、うん」
慌てて、自分の分を食べようとするのを制され、依織の綺麗な箸使いで口元に持ってこられる。
「え、あたしは誕生日じゃないし」
「うん。誕生日にできなかったから、今するんだよ?」
いや、あたしは甘えたいとかじゃないから…と心の中で叫んでも、実際に口に出しても、依織の行動が止められれるはずもなく。
「冷めてしまうよ? せっかく君が作ってくれたのに……」
と、憂いを帯びた笑顔で言われてしまえば、むぎがそれに逆らえるはずもない。おとなしく食べさせてもらうことになってしまう。そうして、羞恥プレイとも言うべき食べさせあいっこがしばらく続くのであった。
瀬伊の問いにお茶を吹き出し掛けたのは問われたむぎではなく、依織を訪ねてきた皇であった。(ちなみに依織はまだ帰宅しておらず、リビングで待たせてもらい、お茶を出してもらっていた)息を整えながら、内心で叫ぶ。
(頼むから、藪をつつくな……)
以前、自分が発した『子供っぽい』という言葉でむぎがかなり悩んだらしく、依織にひどく睨まれた。皇としては思い出したくもない記憶。
「依織くんのどこがって……」
問われたむぎは小首を傾げる。
「顔? 女の子にだけ優しいとこ? スタイル?」
畳み掛けるように問い掛けられたら、むぎは首を降るしかない。
「そういうなんで好きになったんじゃないし。だいたい、それなら中身以外は皆にもあてはまるじゃない。あたし、ダンナにするなら麻生くんみたいな人が良かったし」
「松川さんと一緒にされたくないなぁ……。って、なんでダンナなら羽倉だったの?」
藪をつつくを通り越して、かき回している会話に皇の顔から少しずつ色が失われて行く。今、依織がこのにいないことが何よりの救いだ。
「麻生くん、何だかんだで家のこと手伝ってくれるし。ちゃんとできる人だし。あたしが
再雇用されるまではこの家を守ってくれてたでしょ?」
「兄貴は手伝ってくれないのか?」
「え…っと。お買い物とかに車だしてくれて荷物もちしてくれたり、美味しいお茶をいれてくれたりしてくれるの。すごく嬉しい」
麻生のことを話す時とは違い、はにかんだような笑顔。多分、それが友人と恋人の差なんだろうと皇は思った。
「え~。僕は?」
「瀬伊くんは悪戯っ子だもん。一哉くんはお片付けできないし、偉そうだし……。ご主人様って自分で言うんだよ~」
むぅとむくれて。よくもこんなに表情が変わるものだと感心する。
「あ~。でも、依織くんのどこが好きって聞かれても、答えようない……」
「自分のことなのに、判らないのか?」
困ったようにつぶやくむぎに皇はそう問い掛ける。リビングの外に気配を感じながら言葉を選んで。
「だって、依織くんの素敵なところも困ったところも好きだもん。依織くんじゃなきゃ、ドキドキしない……」
そう言うと、恥ずかしさからか、真っ赤になった頬をむぎは押さえた。
「も~。恥ずかしいんだから、依織くんには内緒にしてね?」
本人の前では恥ずかしいからと言えないのだろう。そういう可愛らしさは皇としては好ましくも思うし、黙っていてあげてもいいかとは思ったが、時既に遅く。隣の妖精さんはそれはそれは凶悪さを感じるほどに鮮やかな笑顔で。
「ダメだよ。皇や瀬伊に話せて、どうして僕に話せないのかな?」
「ひゃぁ?!」
背後からギュッと抱きしめられて、むぎは悲鳴を上げる。
「あ~。松川さん、それ、僕の専売特許~」
と、悪戯めいた口調で瀬伊が抗議するが、そういう問題ではないと内心で皇は突っ込みをいれる。…問い羽化、抱きついているのかという疑問が生まれもする。
「瀬伊。彼女は僕の恋人だから、文句を言われる筋合いはないはずだけど?」
じたばた暴れるむぎを難なく押さえつけながら、しれっと依織は言ってのける。
「兄貴、俺、明日来る……」
「そう? 悪いね、気を使ってもらって……」
皇の申し出ににこやかに答える依織。救いを求めるむぎの目が恨めしそうなものに変わるが、兄の怒りを買うよりはずっとましで。そそくさを御堂邸を後にしてしまった。
「僕もピアノ弾くから、ピアノ室にいるよ。松川さん、僕デリバリーは嫌だから、むぎちゃんにちゃんとご飯作ってもらうようにはしてね」
「善処するよ」
それがどこまでなのやら…と、内心で舌を出して。瀬伊もリビングと後にする。残されたのは依織とむぎの2人だけで。
「さ、夕食の支度をしたいんだったら、僕にも聞かせてもらわないと」
「……あ、あの」
にこやかな笑顔の裏に何があるのかがとても怖くて、麦は固まるしかない。
「ああ、ここでは恥ずかしいだろうね。僕の部屋に行こうか」
抱き上げられてしまえば、抵抗の方法もなく。むぎの脳裏にはドナドナが流れ出した。