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一時的置き場
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「あれ……?」
「おや、羽倉くん……」
 専門書を買うために、訪れた書店で麻生は東條の姿を見掛けた。
「大学の帰りですか?」
「え、はい。経済学の専門書を買いに、っても何が何やらで……」
 そう言って、麻生が苦笑すると、東條は穏やかに言った。
「どの分野ですか?」
「っと……」
 麻生が自分が必要とする知識について説明すると、東條は
「それなら、このあたりですね……」
と、麻生を導いて、何冊かの経済学の本を抜き取った。
「このあたりが分かり易いですね。応用が必要なら、こちらの本がいいですよ」
「あ…すみません……」「構いませんよ。あぁ、じゃあ、代わりに教えてもらいたいことがありますから、教えてもらえますか?」
「俺が?」
「鈴原さんに羽倉くんがコンピュータに詳しいと聞いたことがありまして」
「いや、多少かじった程度なんで……」
 東條から出て来たむぎの名前に麻生は安堵を覚える。東條の出所後、色々あったようだが、今はうまくいってるようだ。
「携帯メールを最近覚えたんですが、まだ慣れなくて……。顔文字を最近つかえるようになったんですが、まだまだで……。一宮くんにあった時にまだ奥が深いことを言われまして……」
「一宮に?」
 東條の口から出て来た瀬伊の名に嫌な予感がするのは伊達に付き合いが長いわけではない。
「何か言われたとか……」
「ギャル文字というのがあるそうですね。若い女性は敢えて手間をかけることで、その分その人を思うことを証明するのだとか。私も早く覚えないと……」
「一宮の野郎……」
 黒い羽をパタパタさせている瀬伊の姿が脳裏をよぎる。生真面目な彼に冗談が通じないと分かっていてのことだろう。
「いや、覚えなくてもメールがこまめに来る方が鈴原も嬉しいと思うんで……」
「そう…ですか?」
「絶対、そうだと! 大事なのは気持ちだし」
 力説する麻生に東條は戸惑いつつも、笑みをこぼす。
「そうですか……。覚えるには時間がかかりそうですし、その方がいいのかもしれませんね……。羽倉くん、ありがとうございます」
 礼を述べて、去って行く東條を見送ると、麻生は安堵の溜め息を吐いた。
「一宮の奴……」
 とりあえずは瀬伊に嘘を教えるな…と電話をかける麻生であった。

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「かずやおにいちゃん、おかえりなさい」
 そう言って、出迎えてくれた幼子は両手を伸ばして、だっこをねだる。
「ほら、むぎ」
 軽々と抱き上げると、幼子は嬉しそうに笑う。これはいつものこと。だが、次に幼子がとった行動は一哉の予測の範囲を超えていた。
「かずやおにいちゃん、だいすき♪」
 そう告げられた言葉とともに頬に触れる柔らかなぬくもり。
「むぎ?」
 唖然とする一哉に幼子は満面の笑顔のままで言った。
「むぎ、チョコもってないの。でも、おにいちゃんのこと、だいすきだから、ちゅーしたの」
「バレンタインのチョコのかわりか?」
「うん♪」
 無邪気に笑う幼子に罪があるはずもなく。
「一宮に教えてもらったのか?」
「どうしてわかるの?」
 不思議そうに自分を見つめるあどけない瞳に一哉は頭を抱えたくなる。とりあえず瀬伊を掴まえて、何を教えるのかと問い詰めることと幼子にむやみやたらにそういうことをしないように…と、如何に泣かせることのないように言い聞かせるか、とまずはそこから手を付けるしかなかった。
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「こむぎちゃん、お土産だよ」
 そう言って、瀬伊から渡された包みを開けると中からは甘い香り。
「チョコレート?」
「そうだよ、バレンタインだからね」
「バレンタイン?」
 むぎが聞き返すと、瀬伊はニコリと笑う。
「バレンタインはね、女の子が大好きな男の人にチョコをあげる日なんだよ」
「好きなおとこのひとに……」
 呟いて、幼子はチョコレートと瀬伊を見比べる。
「どうしたの?」
「むぎもおにいちゃんにチョコあげたいの……」
 そう呟いて、幼子はキュッと小さな手を握り締める。
「僕にくれるの?」
「でも、むぎにはチョコレートないの……」
 しょんぼりする幼子に、瀬伊はにっこり笑って言った。
「チョコの代わりに、ここにキスしてくれる?」
「キス?」
 キョトンとする幼子の頬に瀬伊はフワリと口づけた。
「? ちゅうのこと?」
 頬を押さえながらの子供らしい可愛い言い方に瀬伊は目を細める。
「そうだよ。『大好き』って気持ちを伝えられるんだ。お兄ちゃんにも同じようにしてくれる?」
「うん♪」
 幼子が届くように膝をつくと、瀬伊の頬に柔らかなぬくもりが宿る。
「おにいちゃん、だいすき♪」
 可愛らしい言葉も添えられて。暖かな幸せが心に灯る。
「僕もこむぎちゃんが大好きだよ」
 お返しにもう一度頬に口づけると、恥ずかしそうに幼子は瀬伊に抱き着いた。
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