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一時的置き場
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「むぎ、おおきくなったらカモノハシさんのおよめさんになるの。かずやおにいちゃんのおよめさんにはならないの」
 年度の最初の日。ピンクのカモノハシを抱いて、幼子は一哉を見上げて、そう宣言すると、とてとてと去ってゆく。残された一哉は訳が分からず、その後ろ姿を見送った。
「どうしたんだい、一哉?」
 あぜんとしている一哉に依織が驚いた顔をする。
「あ…、いや。むぎがカモノハシの嫁になるから、俺の嫁にはならないとか訳のわからないことを言い出して……」
「こむぎちゃんが?」
「鈴原も突拍子がなかったが、小さくてもあいつはあいつだ……」
 呆れたような一哉のその言葉に依織はクスクスと笑う。
「何がおかしいんだ、松川さん?」
「一哉にとっては、仕事の年度始めで色々忙しいんだろうから、忘れていたのかな?」
「何がだ?」
「今日は四月一日だよ」
「四月一日……?」
 しばし考えて、一哉はハッとした顔をする。
「エイプリルフール、か……」
 日本語訳は四月馬鹿。嘘を言っても許される日。幼子の言葉が意味するものはそこにあるのだと一哉は気付く。
「こむぎちゃんの言葉が本当になるかは、僕たちの眠り姫次第だけども。可愛いね」
「可愛いだけで済ませる気はないんだがな……」
 そう言いながらも、顔が緩みそうになる。
 むぎの目が覚めたら、『ぬいぐるみと結婚する気か、馬鹿』とでも言ってやろうと一哉は思った。
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「この時間なら家にいるかな……?」
 時計を見て、東條は呟く。出先で立ち寄った店に美味しそうなケーキがショーケースに並んでいて。テイクアウトができると店員に聞いて、買ってしまった。
「喜んでくれるかな……?」
 まるで、恋を覚えたばかりの少年のようだと、自分でも思う。恋する相手のために何かをすることでその反応に一喜一憂する。
「一応、連絡しておきますか……」
 車を停めて、むぎの携帯に掛けてみたが、出る様子がない。
「携帯を置きっ放しで家事をしているのかな……?」
 そんなことを考えながら、東條は再び車を走らせ始めた。
 近くのコイン式パーキングに車を停め、むぎの家に向かう。
「いるかな……」
 呟いて、玄関のチャイムをならして、数十秒。パタン!と勢いよくドアが開いた。
「すず……」
 出て来たむぎの姿に東條は固まる。
「理事長?」
 キョトンとして東條を見上げるむぎはとても愛らしい。だが、今の状況はその可愛らしさを吹き飛ばしていた。
「お風呂に入っていたのですか?」
 ようやく発声できた言葉がそれだった。今のバスタオルを一枚まいただけのしどけない姿をしていた。
「あ、はい……。呼び鈴がなったんであわててお風呂から出たら、携帯の着信に理事長があったし……。あたし、遅かったですか?」
「いえ、そういう問題では……。もう一度暖まってきなさい。私が留守を守りますから」
「え、でも……」
「いいから」
 有無を言わせぬ東條の言葉にむぎは頷いて、お風呂に戻った。
「まったく……」
 無防備すぎるむぎに東條は溜め息を来たのが自分だったからよかったものの、これが他の人物だと考えたら、ゾッとする。若い女性の一人暮らしだ。自分が住むマンションならオートロックで、テレビ付インターフォンが設置されているから、まだいいのだが。
「まさか、うちに引っ越してきなさいというわけにもいきませんし……」
 自分がいつも側にいるのが一番いいのだが、まだ未成年のむぎを結婚もしていないのに同棲というのは教育者としてどうかと思う。
「お待たせしました」
 着替えてきたむぎがリビングにやってくる。
「すず、危ないですから、今日みたいな真似はしないでください。来たのが私だったからよかったものの……。これが他の人間だったら、何があってもおかしくないんですよ」
「……すみません」
 シュンとなるむぎに東條は穏やかに微笑する。
「責めてるわけじゃないんですよ。ただ、あなたは一人暮らしですから、用心に超したことはありませんし」
「あ、はい。でも、今日はドアスコープで理事長って確認しましたよ。だから、いいかと思って」「それはまだましか…って……。すず?」
 うっかり聞き流しそうになったが、慌てて聞き返す。
「今日はってことは同じことをしたことがあるんですか?」
「えっと……」
 むぎの目が泳いでいることに東條は溜め息をつく。
「すず、正直に話しなさい」
 まるで、生徒を前にしている気分だ。ちらちらと上目遣いで自分を見上げるむぎを前にして思う。どうあっても、逃れられないことを悟り、むぎは口を開いた。
「一哉くんが前に来た時に……」
「御堂くんがですか……」
 一哉の名前に東條は何とも言えない顔をする。
「一哉くんには『相手が俺じゃなかったら死んでた』って叱られたんです。テレビ付インターフォンつけるって……。それは必死で断りました。ちゃんと確認してから開けるって、約束して。だから、今日は理事長って確認してから開けたでしょ?」
 むぎの説明に頭痛がするのは気のせいではない。
(御堂くん、すみません……)
 御堂一哉という人物がどれほどまでにむぎを慈しんでいるかをわかっているから、余計に申し訳なく思う。彼の理性とむぎへの深い愛情に感謝するしかない。
(とりあえず、テレビ付インターフォンをつけるように言い聞かせるのが先ですね……)
 何があっても、導入させよう…強く東條は決意した。
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「むぎ、ほら」
「なぁに?」
 一哉から渡されたキャンデーの小瓶を幼子は不思議そうに受け取る。
「今日はホワイトデーだからな。お返しだ」
「ホワイトデーって、なぁに?」
「バレンタインデーに贈り物をもらったらこの日にお返しするんだ」
「お返しはちゅーじゃないの」
「……」
 誰が言ったのか、容易に想像がつく。
「一宮にされたのか?」
「どうしてわかるの?」
 不思議そうに自分を見上げる幼子にうまく誤魔化す言葉を考えつつ、本気で通報を考えた。
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